最高裁がグレーゾーン金利を違法と判断してから来年1月で10年を迎える。以降、グレーゾーン金利を取り戻す過払い金返還訴訟は確実に勝訴し、安定収入が見込める仕事になったため、債務整理に特化した弁護士・司法書士は多い。一方で、「一部の実務家の能力が低下した」(ベテラン裁判官)との指摘もある。やがて過払い金訴訟がゼロになる日が来ることは間違いない一方、他の業務をめぐって業界内の競争激化は必至で、「債務整理に特化した弁護士や司法書士が他の業務に対応できるのか。仕事にあぶれる人も出てくるのでは」との懸念もある。
■もとは「仕事にならない」と敬遠
最高裁が出資法の上限金利(年29%)と利息制限法の上限金利(同15~20%)の間の「グレーゾーン金利」を違法と初判断したのは平成18年1月のことだ。この判例により、過払い金返還訴訟を起こすことなどで、支払い済みのグレーゾーン金利を取り返すことができるようになった。また、最高裁判決を受けた22年6月の法改正でグレーゾーン金利が違法となった。
こうした変化の背景には、先人の尽力がある。元日弁連会長で多重債務者の支援を長年続けてきた宇都宮健児弁護士は、「仕事は大変なのに利益にならない。普通の弁護士は避けて通った仕事だった」と振り返る。現在と違って、多重債務者が過払い金を取り戻すことは不可能だった。このため、債務者側が弁護士費用をまとめて支払うことはほとんど不可能。多くの弁護士は「金にならない」と仕事を受けなかった。
宇都宮弁護士がいわゆる“マチ金”の取り立てに悩む多重債務者の支援を始めたのは昭和50年代半ばのこと。宇都宮弁護士は支援する多重債務者の収入や支出を考慮して、生活設計からアドバイスを行い、分割で弁護士料の支払いを受けることにした。やがて、多くの多重債務者が宇都宮弁護士を頼った。
「どこにどれくらいの借り入れがあるか、業者に照会をかけても、情報は教えてもらえない。その上、私が所属していた弁護士事務所には、荒っぽい口調の電話がよくかかってきた」
多くの多重債務者が頼りにしたからこそ、業者側からの圧力は激しかった。それでも、「自分たちが手を引いたら、多くの多重債務者が再び困ることになる」と支援を続けた。
やがて、マチ金による過剰な取り立てなどが社会問題化し、荒っぽい電話が事務所にかかることも少なくなった。それでも、グレーゾーン金利の問題は長く残り、多重債務者の生活再建にとって大きな障壁となり続けた。それだけに、平成18年の最高裁判決を「最高裁がグレーゾーン金利を違法としたことで、多くの債務者が救済され、結果として法律も改正された。借金や多重債務に苦しむ人に寄り添う画期的な判決だった」と振り返る。
■過去最多から減少へ
最高裁判決以降、民事訴訟を取り巻く環境は激変した。最高裁によると、全国の地・簡裁で新たに提訴された民事訴訟は、平成17年は約13万3千件だったが、グレーゾーン金利を違法とした最高裁判決以降は急増。18年は約14万9千件、翌19年には約18万2千件になった。21年に約23万6千件と過去最多を記録して以降は減少傾向で、26年は約14万2千件まで落ち込んでいる。この間、過払い金関連以外の訴訟は、ほぼ9万件前後で推移。全体の増減は過払い金訴訟の多寡が左右したかたちだ。
また、自己破産の申し立て件数は15年には約24万2千件だったが、その後は右肩下がりで、25年は約7万2千件まで減少している。自己破産の件数が激減した背景を宇都宮弁護士は「過払い金を取り戻すことができるようになり、多重債務者は他の債権者への返済に取り返した過払い金をあてることが可能になった。生活再建へのハードルは下がった」と分析している。
ただ、最高裁判決は負の側面も生み出したとの意見もある。一部の弁護士や司法書士の「能力低下を引き起こした」との指摘だ。確実に勝訴し、利益を上げられる訴訟として、過払い金返還を中心に債務整理を専門とする弁護士や司法書士は多い。
あるベテラン民事裁判官は「過払い金があると確認でき、裁判に必要な書面をそろえた段階で確実に勝訴できる。そこに個々の能力は必要とされない。一部の弁護士や司法書士の能力が低下している実感がある」という。日弁連の幹部も「競争が激化する中で、能力の低い弁護士にとっては厳しい時代に突入している。すべてではないだろうが、過払い金返還を専門にしてきた弁護士が、他の訴訟に対応していけるのかという懸念がある」と打ち明ける。
宇都宮弁護士は「苦しんでいる人の生活再建を支援するのが弁護士や司法書士の職務。そこをおざなりにして利益を追求する手法は慎まなければならない」と指摘。その上で、「弁護士の活動が実を結んで、グレーゾーン金利が撤廃された。過払い金をめぐる問題が世の中から無くなっていくことに、弁護士として誇りを持つべきだ。他の業務を掘り下げて、能力を磨くことを考えなければならない」としている。
■過剰CMに懸念
近い将来に無くなるであろう過払い金返還訴訟という類型。さまざまな面で、専門事務所も危機感を覚えている。民事訴訟に詳しいある弁護士は、「専門とする弁護士や司法書士の焦りは相当なもの。それが広告にも現れている」とみる。
こんな広告がある。「過払い金の返金期限迫る。最高裁で過払い金が認められて来年で10年。10年たつと過払い金は時効で消滅」。ただ法律上、最高裁判決から10年を経過しても過払い金すべてが時効になるわけではない。日本司法書士会連合会は「違反はない」との見解だが、幹部からは「紛らわしい表現でグレーゾーンだ」と疑問の声があがる。
過払い金返還の消滅時効は法律で10年だが、起算点は完済した時点。このため、来年1月に最高裁判決から10年を迎えても、すべての過払い金が時効になるわけではない。あるベテラン民事裁判官は、「事実関係を並べているだけで間違いではないが『最高裁判決』『時効』という言葉が続き、時効について勘違いする人もいるのでは」と疑問視する。
過払い金返還の広告の過剰表現はこれまでも問題視されたことがあり、同連合会は平成21年の指針で「品位又は信用を損なうおそれのある宣伝」を禁じた。ただ今回の広告について同連合会は、「違反にあたらず対応は検討していない」としている。
一方で、同連合会の幹部はあくまで個人的見解としながら「来年ですべてが時効になると勘違いする可能性がある表現。債務者の危機感をあおる一方、過払い金取り戻しを諦める人が出る可能性もある。公益性を優先すべき司法書士のCMのあり方としては問題」と話す。同様の懸念は複数の幹部が抱くという。
広告・CMを制作した司法書士法人新宿事務所は「これまで苦情はなく大丈夫だと思っていた。指摘には真摯(しんし)に対応する。指摘を検討し、誤解が生じる可能性があると判断した。近く差し替える」としている。
参照:産経新聞
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