「父の一周忌には、良い報告ができると思ったが…」。県西部に住む30代女性は唇をかむ。女性は父親が会社員時代、得意先の支払いを肩代わりした消費者金融の借金で利息の返し過ぎになっていたことを知り、父親が死去した直後の昨年11月、葛西弁護士に着手金など約15万円を支払い、過払い金返還請求を依頼した。だが、何度催促しても葛西弁護士は契約書も送らず、今年7月に電話で話したのを最後に連絡が取れなくなった。
都内の50代男性は昨年1月、マンションのローン減額などを依頼。葛西弁護士を通じて月々の返済をするため、毎月10万円を預けるなどしていた。ところが、マンションは競売に掛けられ、今年4月に強制執行で立ち退きを余儀なくされた。クリスチャンの男性は「教会に事務所を置く弁護士だから、信用してしまった。本人には早く出てきて説明してほしい」と憤る。
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葛西弁護士が飯能キリスト教会内で事務所を開いたのは、同教会の中沢イサク牧師(57)との出会いがきっかけ。中沢牧師は2009年末、飯能市内の公園で寝泊りする男性を見つけ、「しばらく教会の空き部屋で過ごしては」と声を掛けた。それが葛西弁護士だった。生活再建を話し合う中で元弁護士と判明。中沢牧師は「ここで再び弁護士事務所を開業しないか」と提案した。同牧師や信者らから資金を借り、一昨年5月に埼玉弁護士会へ入会、事務所を立ち上げた。
日弁連によると、葛西弁護士は1978年に第二東京弁護士会に入会したものの、95年に登録を抹消している。同弁護士は妻子がいたが家出。所在がつかめなくなっていた。
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中沢牧師は葛西弁護士に依頼され、出入金の帳簿記入を行っていたという。事務所開設から半年ほどして軌道に乗ってくると、同弁護士は牧師などに借りた資金の返済を始め、事務所の家賃を支払えるようになった。ところが同牧師は「昨年あたりから依頼人とうまくいっていないようだと感じた」と言う。昨秋以降は収入が減り、今年6月には体調不良で入院して手術。仕事に復帰したが、8月以降は事務所に来ない日が増えた。9月20日、同弁護士が住むアパートの保証人になっている牧師に不動産会社から連絡があり、家賃滞納が発覚。同牧師が問いただした直後に所在が分からなくなった。埼玉弁護士会関係者によると、そのころ苦情の多い弁護士として、弁護士会も出頭を求めていたという。
■牧師の助力で一度は再建
埼玉弁護士会は対策に乗り出し、さいたま家裁川越支部は10月、葛西弁護士が持っていた書類などを引き継ぐ不在者財産管理人として、段貞行弁護士を選任。依頼人には、新たな弁護士の紹介も始めた。段弁護士によると、40件以上の書類が残されているという。中沢牧師がつけていた帳簿では、一昨年4月から今年6月までに計約900万円の収入があり、着手金名目の入金は約250万円だった。だが、どれくらいの件数が放置され、金銭被害がどれほどか、全体像はつかめていない。
県警にも依頼人から相談が数件あり、罪に問える法令違反がなかったかどうか調べている。飯能市も担当課の紹介で契約した依頼人がいることなどを問題視。実態調査や業務の改善と再発防止策の検討を行っている。
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依頼人の30代女性と50代男性は、埼玉弁護士会に葛西弁護士の懲戒請求を申し立て、同弁護士会からは、綱紀委員会に調査を求めたと回答があった。だが、女性は「弁護士会の対応は遅いし、不親切。いまだに処分がないのもおかしい」と不満を漏らす。同弁護士会の田島義久会長は「被害に遭われた方々には、大変申し訳なく思う。研修制度の強化など、改善策を考えていく」と陳謝。その一方で、同会長は「弁護士の監督が不十分だとして、権力による規制が強まる口実にされては危険。それは民主制度にとって重大なことで、国民の不利益につながりかねない」と、問題が投げ掛ける波紋に危機感を募らせている。
葛西弁護士は11月16日、秩父市内で保護。家族が身元を引き受けたものの、数日後に再び行方不明となった。
■相談受け付け先
埼玉弁護士会は、葛西弁護士の依頼人からの問い合わせや相談を受け付けている。依頼事件を引き継ぐ弁護士の紹介などは同弁護士会川越支部(電話049・225・4279)、関係文書の返還は段貞行法律事務所(電話04・2921・6543)へ。
また、被害実態を明らかにしようと中沢牧師が調査しており、依頼人に同牧師への問い合わせを呼び掛けている。連絡は、飯能キリスト教会(電話042・972・7348)へ。
参照:埼玉新聞
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