2013年3月6日水曜日

在日韓国人差別か、政治的信条か…「婚約破棄」めぐる訴訟の行方は

 「祖父が在日韓国人だと伝えたら、婚約を破棄された」

 「保守政治家として活動しており、この結婚はできない」

 大阪市内の20代の女性が兵庫県内の自治体で市議を務める30代の男性を相手取り、一方的に婚約を破棄されたのは不当だとして、慰謝料など550万円の損害賠償を求める訴訟を大阪地裁に起こしている。差別や政治信条といった要素も複雑に絡み合うが、法的にみると婚約が成立していたかどうかが分かれ目になる。そもそも「法的に婚約が成立」とは何なのだろうか。

 ■祖父が在日韓国人

 「気持ち悪いとか、そういう感じなんですか」

 男性から結婚できないことを告げられた女性は、こう尋ねたという。

 2人が出会ったのは平成24年3月。結婚相談所を通じて知り合い、間もなく交際するようになった。約3カ月後の同年6月、男性は「あなたのことが大好きです」との手紙を渡した上で、「結婚したいと思っています」と口頭で伝達。女性も承諾した。

 数日後、女性は電話で祖父が在日韓国人であることを伝えた。するとその数日後、男性は2人で出かけた旅行先で、「結婚できない」と女性に告げた。

 翌日、女性は「もう連絡しないでほしい」として帰宅。その後、2人が連絡を取り合うことはなく、交際は終わった。

 ここまでの経緯は双方の間にほぼ争いがない。女性本人は日本国籍だ。

 約2カ月後、男性のもとに、女性側から500万円の損害賠償を求める書面が届いた。男性側は女性を傷つけたことを謝罪し、ある程度の支払いに応じる意思を示したが、結局合意に至ることはなく、女性側は同年10月に提訴した。

 女性側は「男性が婚約を一方的に破棄したのは在日韓国人に対する民族差別の意識があるからだ」と指摘。「夫となる人には話さなければならないと思い、どう受け止められるか不安だったが、思い切って打ち明けた。信頼していた相手に裏切られた精神的苦痛は大きい」と訴える。

 女性の憤りは非常に大きく、「男性側が示した金額は30万円だった。あまりにも不誠実」と主張。「市議という公職にありながら、一般の女性を弄んだのは極めて悪質で違法性は高い」として男性側の対応を厳しく批判している。

 ■保守政治家として…

 一方、男性側が地裁に提出した書面などによると、男性はもともと結婚にあまり積極的ではなかったが、先輩市議からすすめられて結婚相談所に登録。そこでこの女性に出会い、相手が好意を持ってくれたことから「結婚も悪くない」と考えるようになって気持ちを伝えたものの、その後に「祖父は在日韓国人」と告げられ、悩んだという。

 男性側は「以前から保守政治家として活動しており、在日韓国人への選挙権付与に反対するなど外国人関係の政策で厳しいスタンスを取っていることから、政治的信条により今回の結婚には消極的にならざるをえない」と主張。これに加え、もともと結婚に積極的でなかったことなども伝えたとしている。

 さらに、「在日韓国人への民族的差別意識」や「血統主義」を掲げているわけではない、と強調する。ただ、自らの政治活動の内容によって女性の親族が不愉快に思ったり、そのことで女性が板挟みになったりすることを懸念したと説明している。女性側が「不誠実」とした提示金額については、「女性側に経済的損害は発生しておらず、少額にならざるをえない」とした。

 ■「婚約の成立」とは

 裁判で問題となるのは、2人の間に婚約が成立していたといえるかどうかだ。

 婚約は契約の一種とみなされるので、成立した婚約を正当な理由なく破棄すれば一定の損害賠償責任が生じることになる。家事事件に詳しい弁護士や判例などによると、婚約は当事者同士が本心で結婚に合意したことで成立するとされる。

 では、どうやって真の意思があったことを証明すればよいのか。

 一般的に、結納や婚約指輪を交わした▽両家の親族が顔合わせをした-などの事実があれば、ほぼ間違いなく婚約が成立。さらに、結婚式場のパンフレットを取り寄せた▽結婚後の新居を具体的に選んでいた-といったことも、結婚する意思があったことの根拠になりうるという。

 一方、破棄が認められる「正当な理由」としては、相手に不貞行為(浮気)があった▽相手から暴力をふるわれた▽相手に多額の借金があることが判明した-などの点が挙げられる。単に性格が合わないとか、占いの結果が悪かったといったことは「正当な理由」にはならない。

 また、結婚生活を送る上で重要な事実を知らされないままで婚約した場合、「錯誤」=思い違い、だったとして無効とされる可能性もあるという。

 いずれにせよ、婚約の経緯や状況は事例によって異なる。最終的には、裁判官が関係証拠などから判断し、どちらの言い分を正しいとして採用するかにかかっている。

 ■相場は50~200万円

 今回の訴訟ではどうか。

 女性側は、男性が手紙を用意した上で結婚を申し込んだことのほか、2人は入籍日を話し合っていた▽男性が「キッチン用品そろえよう」「一生お世話になります」などのメールを女性に送った-といった根拠を挙げ、「婚約の成立は明らか」と訴える。

 これに対して男性側は「単なる申し出と承諾だけで婚約とは認められない」との立場。交際期間は3カ月程度と短い▽互いの家族に正式なあいさつをしていない▽結婚の申し込みから数日後に撤回している-ことなどから、「婚約は成立しない」と反論している。

 大阪のベテラン弁護士らによると、婚約の破棄に伴う慰謝料は経緯や当事者の年齢、婚約していた期間など状況によってさまざまだが、50~200万円程度の事例が多いという。今回、女性側が求めている550万円は、いわゆる“相場”と比べて高額だが、女性側は「悪質性が高いため」と主張している。

 過去には、大阪地裁が昭和58年、韓国籍の女性と婚約した日本人の男性が国籍をめぐる理由から結婚式の直前になって破棄したことについて、民族差別が影響していることを認めて男性に約270万円の支払いを命じた判決がある。

 また、大阪地裁は同年、女性が被差別部落の出身であることを理由に婚約を破棄した男性に対し、550万円の支払いを命じる判決を出している。

 たかが婚約、されど婚約。ベテラン弁護士は「婚約破棄の紛争は、法律と感情が交錯するだけに、解決が難しい。今回のようなケースはなおさらだ」と話している。
 
参照:産経新聞

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