2013年3月4日月曜日

「生活保護パチンコ禁止条例案」に異論噴出…監視・密告社会になる?

 生活保護費の不正受給に対する批判が全国的に高まる中、兵庫県小野市が、生活保護費や児童扶養手当をパチンコなどのギャンブルで生活が維持できなくなるまで浪費することを禁止する「市福祉給付制度適正化条例」の制定を目指し、条例案を市議会に提出した。市の担当者が「生活保護のあり方に一石を投じたい」と説明する条例案だが、不正受給者や常習的な浪費を見つけた場合、市に情報提供するのは「市民の責務」との条文も盛り込まれた。同市の生活保護受給者は149人。市民による監視の目が行き届いてしまう数字だけに、「監視社会につながりかねない」と市民団体などから反発の声も出ており、波紋が広がっている。

 ■ギャンブル浪費なくす

 神戸市から車で1時間弱。兵庫県の中南部に位置し、ゴルフ場の多さや、そろばんの生産地として知られる人口約5万人の地方都市が注目を集めた。

 「生活保護受給者の自立を妨げるギャンブルでの浪費をなくし、真に生活保護が必要な人のための条例にしたい」

 小野市議会の定例会初日となった2月27日、施政方針演説に立った蓬莱務(ほうらい・つとむ)市長は、提案理由をこう説明した。

 「監視社会につながりかねない」という批判を意識してか、「監視強化ではなく、適正化支給への見守りの条例」と強調し、「言われてからやるのではなく、言われる前にやる、まさに後手ではなく先手管理の実践」と胸を張った。

 条例案は「福祉制度の適正な運用と受給者の自立した生活支援に役立たせる」ことを目的に掲げ、不正受給を禁止するとともに、給付された金銭を「パチンコや競輪、競馬などで使い果たしてしまい、生活の維持、安定向上を図ることができなくなるような事態を招いてはならない」と具体的に規定する。

 ■全国平均下回るが

 小野市の今年1月時点での生活保護受給者数は149人。平成17年度の98人より増加しているものの、人口に占める割合は0・3%と全国平均の1・6%を下回っており、不正・不適切な受給のケースも特段目立っているわけではない。

 では、なぜ今、条例が必要なのか。

 同市の松野和彦市民福祉部長は「生活保護制度に対する市民の信頼感を取り戻すのが狙い。不適切な受給とは何かを明らかにし、自立支援という生活保護のあるべき姿を明確にすることで、受給者への社会の厳しい目を和らげていきたい」と強調する。

 だが、全国一律で運用されている生活保護法などに、地方自治体の条例でギャンブルでの浪費禁止を上乗せすることに疑問を呈する県内の自治体の福祉担当者もいる。別の自治体の生活保護担当者も「浪費のケースでは、アルコールや薬物への依存も大きな問題。ギャンブルだけを例示することで、かえって生活保護法の運用のあり方を狭めるのではないか」と危惧(きぐ)する。

 ■ねたみ・そねみ誘発?

 今回、条例案で最も議論を呼んでいるのが、情報提供を「市民の責務」としていることだ。条文では、ギャンブルに生活保護費を常習的に使い切っている受給者を知った場合、「速やかに市に情報を提供する」と規定している。

 しかし、この規定をめぐっては反発や異論が噴出している。「誰が生活保護を受けているかは個人情報であり、本来は他人が知り得ぬこと。誤った情報やねたみ・そねみの通報を増やし、疑心暗鬼を招くだけではないか」と自治体の福祉関係者も首をかしげる。

 路上生活者や生活困窮者の支援をするNPO法人「神戸の冬を支える会」(神戸市)の青木茂幸事務局長は「市民に相互監視させる社会は決して好ましいとはいえない。これから生活保護を受けねばならない人も萎縮(いしゅく)させかねない」と批判する。同会は27日、小野市役所を訪れ、市長と全議員宛てに条例案の撤回・廃案を求める要望書を提出した。

 条例案は、市民からの情報の真偽などを調査させる適正化推進員についての条文も盛り込んでいる。市職員や警察官のOBのほか、委託を受けた民間人が推進員に充てられるとみられるが、詳細は決まっていないという。

 小野市の松野市民福祉部長は「常習的なギャンブルでの浪費を確認しても、条例を根拠に支給停止を行うわけではない。問題があれば、あくまで生活保護法に立ち戻って、光熱費や家賃の滞納の有無などを調べ、指示や指導、弁明の機会の付与などの手続きを経て受給者の生活態度の改善を求めていきたい」と条例成立に理解を求める。

 ■アドバルーン効果

 今回の条例騒動の地元の受け止め方はさまざまだが、戸惑いを隠せない市民も多い。「生活保護費の不正受給に関する報道に接し、怒りや制度への不信感はあるが、小野市がなぜ先陣を切る必要があるのか」「不正・不適切受給の抑止を狙ったアドバルーン効果は期待できるが、条例でなくても問題提起できたのでは」という声も聞かれる。

 兵庫県尼崎市で生活保護の相談に乗る西部智子弁護士は「条例案の規定はあいまいで、不適切受給の概念を広げかねない懸念がある。『受給者への指導・指示は受給者の自由を尊重し、必要最小限にしなければならない』という生活保護法の枠も超えており、受給者の尊厳にもかかわる内容」と危機感を募らせる。

 ただ、受給者が増え続けてきた生活保護のあり方に納税者から厳しい視線が向けられていることも事実で、徹底した適正化を求める声も大きい。

 小野市議会では3月11日と13日に一般質問が行われ、条例案をめぐって論戦が展開される見通し。市は条例の必然性や通報制度の妥当性についての説明責任を問われることになりそうだ。
 
参照:産経新聞

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