政府は、風俗営業法が定めるダンス規制を見直す検討に入った。風営法は、クラブなど客にダンスをさせる店に公安委員会の営業許可を求め、営業時間を制限している。この規制に基づき、クラブの摘発が相次いでいることに危機感を抱いた愛好家による風営法改正を求める運動が拡大。5月には音楽家の坂本龍一さんらが中心となって集めた15万人分の署名を超党派の国会議員に提出した。政府は規制改革会議などで議論を進める方向だ。「踊れる国」を求めて草の根的に広がったダンス愛好家の訴えは、結実するのか。
「クラブって『風俗』ですか?」。5月20日に発足したダンス文化推進議員連盟(会長・小坂憲次元文部科学相)。その初会合で、風営法違反(無許可営業)容疑で逮捕されたクラブ「NOON」(大阪市)の経営者、金光正年さん(50)が、悔しさをぶちまけた。
逮捕されたのは昨年4月4日。午後9時43分、ビートルズなどのロックを流し、客ら約20人の踊る店内に大阪府警の捜査員45人が乗り込んだ。「無許可でダンスをさせた疑い」。「なぜ踊ってはいけないのか」と問う金光さんに捜査員は「法律や」と繰り返した。
クラブなど客にダンスをさせる店の営業は、地元の公安委員会の許可が必要で、開店時間は深夜0時(一部地域は1時)までに限られる。若者が集まるクラブにとって深夜は書き入れ時。許可を受けずに深夜営業するケースが多く、金光さんも無許可だった。
金光さんのこだわりは地元のDJやアーティストを起用し、音とダンスを通じて大阪を元気にすることだった。「SAVE・THE・NOON(ヌーンを救え)」。逮捕後、金光さんにDJらの訴えが届く。「規制を変えてクラブを再開する」。留置場で決意した。
クラブ事情に詳しい弁護士らによると、摘発は2010年ごろから本格化。5月にも東京・六本木の人気クラブが摘発されるなど、この2~3年で20店近くが閉鎖に追い込まれたという。捜査のメスは社交ダンスにも及ぶ。11年6月、サルサバーの草分けとして六本木で20年営業してきた「スダーダ」の池田克彦店長(44)が風営法違反(無許可営業)容疑で逮捕された。ラテン音楽に合わせてペアで踊るサルサへの取り締まりに池田さんは「まさか逮捕されるとは思わなかった」。12年7月、スダーダは閉店した。
規制強化の背景には、暴行や薬物売買などクラブを舞台にした事件の発生を受け、周辺住民から摘発強化を求める声が警察に寄せられていることがある。警察庁はダンス規制の理由を「風俗環境を害し、少年の健全育成に障害を及ぼす恐れがある」と説明。ただ、風営法の施行は戦後間もない1948年。ダンスホールが買売春の取引の場となっていた時代だ。ダンス議連幹事長で警察庁出身の平沢勝栄衆院議員は「時代遅れな法律」と指摘する。
摘発が続く中、規制の見直しを求める声は草の根的な広がりを見せている。風営法改正を目指す署名を受け、政府内にも規制の問題点を指摘する声が出てきた。「僕らの手で法律が変わる実例を示せれば若い世代に勇気を与えられる」。政治と距離を置いてきた若いダンス愛好家から、声が上がっている。
◇急伸市場に足かせ 次世代魅了、クラブカルチャー
「今の腕の使い方、ヘビみたいな動きがいいよ!」。ダンス歴20年の男性講師にほめられると子どもたちの笑顔がはじけた。東京都内のエイベックス・グループ・ホールディングス(HD)が主宰するダンススクール。ヒップホップの音に合わせて躍動する小学5年の国井璃乃ちゃん(10)は「将来はダンスユニットに入りたいな」と目を輝かせた。
開設した2001年に約30人だった受講者は1万5000人に増加。同社は「市場はさらに広がる」(鎌田博課長)と見込み、ダンス事業の売上高を10年で10倍に伸ばす考えだ。
ダンスは11年度から小学校、昨年度から中学校、4月から高校の体育でそれぞれ取り入れられた。約200万人とみられるダンス人口の拡大をにらみ、関連商品の開発競争も本格化。アキレスは昨年1月、ダンス用シューズを開発し、発売3カ月で10万足を完売した。ダンス教室が次々とオープンするのを目にして発案した津端裕さん(53)は「今の親は青春時代にディスコなどでダンス文化を吸収した。子どもにダンスをさせるのも当然の流れ」と分析する。
ダンスをするための音楽はクラブミュージックとも呼ばれ、近年の欧米のヒットチャートはクラブ系のアーティストが数多く名を連ねる。昨年のロンドン五輪の開会式では、英国の代表的なクラブミュージックアーティスト、アンダーワールドが音楽監督を務め、閉会式では人気DJのファットボーイ・スリムが登場した。その音源を生み出す機材は日本製が多く、パナソニックによると、同社のレコードプレーヤー「テクニクスSL1200」は1990年代以降、全世界のクラブで8~9割のシェアを占めた。
EXILE、きゃりーぱみゅぱみゅ、安室奈美恵--。ダンススクールの子どもたちに憧れを尋ねると、クラブミュージックを基調とするアーティストが数多く挙がる。クラブ事情に詳しい斎藤貴弘弁護士は「日本のクラブカルチャーは『クールジャパン』の核として世界に売り出す価値がある」と指摘する。
子どもたちのダンス熱が盛り上がる中、大人のダンス空間は衰退しつつある。日本ダンスミュージック連盟によると、日本でのクラブ系アーティストの年間売上高は2001年の773億円から昨年は267億円に減少。浅川真次理事長は「風営法の存在もあって、活躍の場を失ったことが影響している」と話す。ダンスが規制対象から外れれば、年間売上高や動員数が現在の約5倍になると連盟は試算する。ただ、警察庁によると、クラブを巡る処分件数は5年前の12件から昨年は55件に増加。傷害、薬物売買などの事件が多発しており、同庁幹部は「現時点で規制を見直すのは困難」と語る。
DJの角田敦(Watusi)さん(54)は「クラブ側も遊びに来る側もモラル向上の必要がある」と主張。今年5月には東京都内でクラブ関係者らによる「クラブとクラブカルチャーを守る会」を設立し、18歳未満の入場禁止や警察への連絡体制の強化など、犯罪防止策を講じている。キッズダンサーが、将来も健全な空間で踊れるのか。大人たちの自浄努力が問われている。
参照:毎日新聞
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