2013年8月30日金曜日

弁護士、弁理士はこれから食えますか?

【Vol.18】弁護士、弁理士はこれからも食えますか? 
 はじめまして、大手製造業に勤務する企業内弁理士です。専門職としてのキャリアについて悩みがあるため相談させていただきました。
 10年近く前にこの弁理士資格をとったのですが、多くの士業業界で見受けられるように、弁理士業界でも合格者が増加(昔の100人が今では700-800人合格)し有資格者が溢れ、合格しても弁理士会費を職場が支払ってくれず、登録しない人も溢れている状況です。
 私は、今は企業で弁理士として特許業務を扱っているのですが、戦略的なマネジメントが求められています。
 戦略的なマネジメントといえば聞こえはいいですが、良い特許が取れるように特許事務所の弁理士や技術者に調整をする雑用的な要素も強く、今の仕事を続けていて大丈夫なのかという不安があります。そして、全体を統括するような仕事が多いため、資格の専門知識を活かす場面も少ない状況です(業務に伴って技術知識や語学知識も身にはついているのですが、年を取るにつれて、専門知識を活用する仕事から管理業務へウェイトが移っています)。
 そして、元々特許の成果というのが評価が困難なことに加え、これらの管理業務も担当する部署の事情が異なるため、横一線での評価がみえにくいのです。そのため、社内の査定も上へのPRがうまい人が出世するという状況にあります。
 先細りしていく業界の状況と、自分の専門性のありかがわからない状況で、これから自分が大丈夫なのか不安になっています。こういった管理業務を主に任された人はどういった点に主眼をおき、キャリアを身に着けていけばよいでしょうか? "
 

■ 3つの切り口から回答

 朝夕に暑さが和らぎ、ふと顔を上げると空に青い柿が浮かぶ今日この頃です。都会を少し離れれば、青々とした田園に風たちが窪みをつけている頃でしょう。そんな昨今ですが、今回は企業内弁理士の方から、自分の専門性のあり方、そして今後のキャリアの方向性についてのご質問をいただいております。

 筆者は国内外のM&Aや事業開発を生業にしており、技術系のプロジェクトを扱うことも多いため、弁護士、弁理士の方々とは日常的に仕事をしています。また、筆者は米国のロースクールを出ており、勤務先の同僚に弁護士資格保有者もいるため、今回は少し広範に士業のこれからのキャリアについて整理してみようと思います。

 ここからは、?弁理士・弁護士を取り巻く環境、?インハウス(企業内)の弁理士・弁護士の付加価値、?士業における自己の再定義、の順でお話しさせていただきます。
 
 まず?の弁護士・弁理士を取り巻く環境ですが、各メディアが喧伝するように世の中に先生達は余っているといえます。

 いったん弁護士に話を絞ります。資格を取っても食べていけない弁護士を、イソ弁(他人の事務所に居候)、ノキ弁(事務所の軒下を借りるが給料は出ない)、ケータイ弁(事務所を持たず携帯で仕事をする)と揶揄されて久しくなりました。他の士業同様、資格者の数も増え、資格を取ったら安泰というのは完全に過去のものとなりました。弁護士になったら即座に年収1000円以上という世界は、一流大学、一流ロースクール出身者またはロースクールを飛ばして予備試験に若くして受かるような人にしか目指せない世界になってしまいました。

 簡単に計算してみましょう、例えば4大法律事務所という新人弁護士でも年収1000万円以上をもらえる大手事務所に所属する弁護士数をざっくり1500人とします。その中で「パートナー」と呼ばれる一般企業で言うところの役員や経営者にあたる弁護士が30%くらいとして、500人になります。

 そのパートナーたちの一部には数億円プレイヤーもいます。日本における弁護士は約3.2万人程度ですので、4大事務所のパートナーになるのは司法試験に合格して弁護士になり、その中で1.5%くらいに入らないといけないことになります。筆者がこの事実を東大の3年生に言ったところ、司法試験に受かったら年収数千万円の未来が約束されていると思っていた学生は法曹志望を諦めました。

■ 「先生」に必要なのは「営業力」

 もちろん報酬面だけで言えば、「手付で1億円ね」と言う4大事務所に属さない有名弁護士や高給な外資系、「彼ら(検察官)は昔の部下達だから、まあ仲間内ですよ」と言うヤメ検の長もいらっしゃいます。しかしながらこれだけ弁護士が増えて、有名弁護士も訴訟に負けたり、ヤメ検弁護士も執行猶予さえ取れなくなってきたりしています。企業不祥事における第三者委員会設置での弁護士の受任もそんなに多くなく、なかなか法外な報酬を得ることは難しくなってきています。どんな偉い先生でも代わりがいるのが現状です。

 昔は刑事事件の弁護士は会計がわからなくてもなんとかなりましたが、高度な経済事犯モノを扱うにはオプションの本源的価値の意味くらいはわからなくてはなりません。バッジ(政治家)、サンズイ(汚職)の事件に大物弁護士が登場して、落としどころを探ってという世界も今は昔です。偉い先生もトレンドにあった勉強が必要になります。

 4大事務所においても弁護士を増やした結果、同じ商店街に同じ商品(企業法務、M&Aなど)を売る同じような店を各パートナーが出すことになってしまいました。そうすると同じ事務所でパートナーが顧客を取り合う事態となり、優秀な若手アソシエイトはフロンティアである海外や企業法務部への出向に活路を見出すこととなります。

 また、当たり前なのですが、若手弁護士が企業法務部に出向すると、企業の中に入り込むことによって顧客と仲良くなります。そうすると、その顧客を担当しているパートナー弁護士が顧客を取られまいとガードし始めます。このように巨大法律事務所の内部は群雄割拠の戦国時代となっており、弁護士でも弁理士でも「先生」マインドから顧客志向と差別化が必要とされる過渡期にあります。一言でいうと今、士業の「先生」に必要なのはビジネスにおける「営業力」です。
 
■ ロムニーもルービンも、ロースクール出身

 この環境は米国の状況を考えれば完全にデジャブであり、グリシャムの小説にも食べていけないアンビュランスチェイサー(救急車追っかけ弁護士)が出てくるわけです。米国では出身ロースクールの序列に就職先は影響されます、無名の地方大学出身学生はワシントンでインターンはできないわけです。弁護士じゃ食べられないから他の仕事をやっている人、例えば投資銀行のバンカーや映画のプロデューサーでも、「そういえば忘れてたけど、オレ、弁護士なんだよね」といった人がいますので、ある意味ではそこに近づいているのかと思います。

 これは悪いことではなく、官民問わずリーガルマインドを持った人材が供給されるのは良いことです。経済政策であろうが、政策のアプリケーションとは立法ですし、同様にビジネスとは契約です。米国ではJD/MBAプログラムというロースクールとMBAを同時に卒業するという鬼のような学位があり、先の大統領選挙でオバマと戦ったロムニーはこれでした。ロムニーはJD/MBAの後に、筆者も勤務したベイン&カンパニーでビジネスコンサルタントになっています。

 米国では法曹キャリア出身者は多く、筆者も在籍したゴールドマン・サックスのトップを務め、財務長官になったルービンもキャリアの振出しは2年間くらいの弁護士生活でした。また、筆者の所属する経営共創基盤(IGPI)の冨山和彦CEOは、司法試験に合格しても法曹にならずコンサルタントを経て、政府系機構を率いました。

 日本(特に東京)における弁護士や弁理士の環境は単なる需給の問題であり、顧客側の需要に対して先生が増えてしまったので、品質等で差別化しないと現在の報酬は正当化できず、ディスカウントされるという経済環境に過ぎません。普通のビジネスの世界と全く同じです。

 庶民からすれば、せっかく頭の良い人が資格をとって法律家になったなら、ハゲタカやオフホワイトな人の側に立って稼いだり、マスコミにポジショントークをせずに、弱きを助けてもらいたいものです。弁護士法第1条と国家公務員法第100条は要チェックです。筆者の友人にも、自らが信じる社会正義の為に戦っている先生達はいます。

■ インハウス弁護士の絶対的な強み

 次に?インハウスの弁理士・弁護士の付加価値についてですが、これは良くも悪くも社内事情に通じた上で、適切な法的アドバイスができることが大きいのは自明です。質問者の方は「良い特許が取れるように特許事務所の弁理士や技術者に調整をする雑用的な要素も強く」とおっしゃっていますが、社内の課題を社外の専門家に翻訳する役割は会社側からすれば大きな付加価値です。筆者も経験がありますが、インハウスの方には余計な説明が要らず、「大将、いつものヤツよろしく」と馴染みのお店のように発注できるのが良いところです。またいつもいるので、アウトプットの品質に関する予見可能性も高いものです。

 また、インハウスの絶対的な強みは絶対的に会社側に立って考えられることです。いかに弁護士がクライアントに忠実であろうとしても、外の人です。自転車操業フィービジネスの典型である法律事務所はタイムチャージを増やしたいインセンティブが皆無とは言えません。そこでインハウスの法律家が「この買収はここで止めた方がいい」と言ったり、高名な先生が「訴訟リスク、差止請求リスクがある」と言うところを、「訴訟リスクの潜在的経済的損失よりも我が社が経済的に享受できるものが大きいです」と100%会社側に立って意見を言えることが経営上は重要です。

 高名な弁護士の言うことを聞いても、その弁護士がその後の経営をしてくれるわけではありません。経営において法的リスクばかり気にしていたらグーグルは絶対に生まれなかったことでしょう。「Googleの脳みそ―変革者たちの思考回路 」は是非ともインハウスの法律家に読んでもらいたい本です。
 
■ 「最強特許部隊」になるために必要なもの

 一方でご懸念のように、法律事務所にいない為に、最先端の判例や学説に疎くなり弁理士として使い物にならなくなるのではないか、という気持ちもわかります。ただ、ありとあらゆるデータにアクセス可能であり、セミナー等も売るほどある現状においては、かなりの部分が努力次第でキャッチアップ可能です。

 たとえ事務所にいたからといって自分を成長させるような案件ばかりできるかと言うと、もしかしたら段ボールを運ぶ筋力の方が必要な単純な知財デューデリジェンスを延々とさせられるかも知れません。大事務所であれば、全体像のわからない巨大案件の一部をパートナーから細切れ発注され続ける事態さえ容易に起こり得ます。質問者の方は既にマネジメント側になっているため、事務所におけるパートナーと同様に大所高所からの経営の意思決定に資するプロジェクトマネージャーとしての判断や社内調整が求められているとも言えます。また、余談ですがインハウスから事務所に戻ると、発注者から業者に戻った感はあるものです。

■ 自己を再定義せよ

 最後に今後のキャリアのまとめとして、「自己の再定義」という観点から整理したいと思います。質問者の方には少し厳しい物言いになるかと思いますが、ご了承ください。

 もし質問者の方が、企業内弁理士を辞めて事務所に入ってパートナーを目指すのであれば、知識はもちろんのこと、必要なのは「営業力」です。そうした世界が好きならば、戦う気があるならば、外に出ることを考えるのも良いでしょう。

 もし企業内、すなわちインハウスに留まるのであれば、弁護士や弁理士が出している付加価値を顧客志向で捉えてみてください。質問者の方のグループは業界で「最強特許部隊」と呼ばれているのでしょうか? もしそうでないならば「最強特許部隊」になる為に必要な要素は何でしょうか? ゴールやミッションのセッティングが全体統括責任者には必要です。

 例えば、社内における顧客である他部署に知財部の顧客満足度調査をしたことはあるのでしょうか? もしかしたら知財部の思ってもみない意見が出るかも知れません。また知財部のメンバーは社内の事業戦略から導かれる特許戦略を完全に理解しているのでしょうか? もしかしたら企業戦略と特許戦略そのものの平仄が合っていないかも知れません。

 一般論として、モジュール化された製造業の中で、何をオープンにして、何をブラックボックス化するかは事業戦略の根幹に関わります。権利侵害の回避や代替特許の取得といった守りだけでなく、特許権収入の増強も見過ごせません。弁護士や弁理士が経営者になってはいけないという法律は無いので、専門家として、「この製品のこのモジュールはブラックボックス化すべき、一方であのモジュールはオープン化してサードパーティや競合にコモディティ化された世界でディスカウント競争させるべき、このオプションからわが社の事業経済性を検討すると・・・」という話が出来る経営者は素晴らしいと思います。
 
■ どんどん領空侵犯せよ

 ジョイントベンチャー設立時のクロスライセンスにおける経済モデルをP/Lだけでなく資本構成(優先株の経済性設計等)も含めて事業部門と話が出来れば素晴らしいです。エクセルが使えて資本ストラクチャーがわかる弁理士です。他の部署からの発注で単に申請をするだけでなく、もしかしたら「事業性から考えると、まだ特許を取らずに他社に存在を知られない方がいい」というアドバイスすらできるかもしれません。従来、クロスライセンスの関係から特許は物量と考えがちですが、それも一つ上の事業戦略レイヤーとして正しいかを問う必要があります。

 職場で法務部や知財部におけるセクショナリズム及び面倒なことが非常に多いことは理解できます。ただ本質的な価値に忠実であれば、「最強特許部隊」として、事業戦略を理解し、事業戦略に口を出し、他社との交渉も強く、訴訟も負けないという本質的な付加価値に忠実であるべきだと思いますし、そこの統括責任者を欲しがらないところは無いと思います。

 質問者の方は「PRがうまい人が出世する」と仰いますが、資格があるのであればビジネス領域をどんどん領空侵犯したらどうでしょうか? 無資格者が独占業務を行うことは出来ませんが、弁理士が事業を語ったり、ファイナンスのプロになるのはありです。弁護士でも、隣接法律職や企業人に「それは非弁行為だっ」と争うのではなくビジネスパーソンの仕事を奪っていくのはありだと思います。ご自身を再定義してみましょう。「あの人は弁理士なのに、事業もわかるし会計も詳しい」と言われて出世するのはダメでしょうか? 判例だけでなく、法と経済という側面からも考察することで、高い経営的視点が持てるはずです。

 質問者の方が資格を持ち「技術知識や語学知識」もあるのは素晴らしいことです。資格があれば外部の先生にも部下にもナメられませんし、プロを使えるのはプロだけです。一方でこの辺で、個別案件に深く入るのではなく、いざとなったら切れる刀(法律家の知識と経験)は抜けるけど、大所高所からの視点での事業戦略の立案と後進の育成に舵を取っていってはいかがでしょうか? 資格保有者が増えたからこそ、職人でありつつビジネスサイドのプロジェクトマネージャーであることがこれからのインハウスの王道だと思います。
 
参照:東洋経済オンライン

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