裁判官の不祥事が後を絶たず、特に児童買春やストーカー、盗撮、痴漢などの性犯罪事件が頻発している。それどころか、本業の裁判所内でも多数の問題が露呈している。
33年にわたり裁判官を務め、最高裁判所にも勤務した経験のある、明治大学法科大学院教授・瀬木比呂志氏が2月に、裁判所の内部事情を告発する『絶望の裁判所』(講談社現代新書)を上梓し、話題となっている。本書は単なる内部告発ではなく、冤罪等の司法の病理を構造的に説き明かした書籍として注目されており、発売2カ月半で6万5000部のベストセラーとなっている。
また瀬木氏は、2月末に外国特派員協会で記者会見を開き、海外の多数の報道機関に向けて裁判所の実態について告発した。これにより、海外から日本の司法に注目が集まっている。ちなみに、この告発の概要は、6月2日付記事『裁判官による性犯罪、なぜ多発?被害者を恫喝、和解を強要…絶望の裁判所の実態』をご参照いただきたい。
そこで今回、瀬木氏に
・告発をするに至った経緯
・裁判所が腐敗した原因
・裁判に巻き込まれた時に、どうすべきか
などについて聞いた。
●腐敗した裁判所の実態
--まず、本書を出版された動機を教えてください。
瀬木比呂志氏(以下、瀬木) 私は長く裁判所に勤務し、裁判所の実態を知っています。だからこそ、日本の裁判所が、近代民主国家の自由主義的なあり方とは異なる構造的な問題を抱えていることがわかっています。その事実を社会に広く伝えたいと思ったのです。少なくとも、一般の人が期待するような裁判所とは、かけ離れた実態になってしまっています。
近代民主国家においては、国民は公的機関の実情を知り、その上で、問題があれば、その問題の解決策を自由に議論し、民衆の意思で公的機関の行動を正し、変えていくことができます。そのためには、国民の知る権利を満たすことが裁判所内の実態を知っている人間の責任だと思い、本書を執筆・出版しました。
--本書で書かれた、最高裁を中心とする裁判所の実態は、衝撃的だとして反響が大きいようですね。
瀬木 「衝撃的」という評価を識者の方々からも書評などで多く頂いています。私は元裁判官の学者ですから、「真実」と言えるほどの裏付けのしっかりした事実に基づいて、十分に成り立つ分析しか書いていません。もちろん、ことさらに誇張もしていません。
本書に書いてある事実やデータには、裁判所の中枢にいた者しか知り得ない事柄だけではなく、公開されているものもかなりあります。例えば、本書には、訴訟を利用した人たちにアンケートを取ったところ、満足度が非常に低かったという調査結果などのデータが公開されています。なぜ、裁判所に対する満足度は低いのでしょうか? それは、背景にある実態が知られていませんし、それに基づく議論も不十分だったからではないでしょうか。裁判所の中枢を知る元判官の学者という視点で、それを正確にまとめたのが本書です。
本書の内容が「衝撃的」と世論から評価されるのであれば、それは裁判所の実態が世間に伝わっていなかったということですし、またこれまで疑問も持たれず、議論もなかったことは大きな問題だと思います。
これまでの司法についての議論は、左翼系といわれる人々の意見が多く、思想的な偏りもあり、世論に広く問題提起をすることが難しかったのです。学者の分析などもありましたが、これは古い文献に基づいたものが多く、現状と乖離していたのではないかと思います。
例えば、民事裁判の事件数が減少しているとか、裁判官の不祥事が増加しているとか、そういう特徴的な数字は報じられていても、それらをすべて統合して、どう意味付けるべきか、そのような考察が不十分であったと感じます。
その考察をするには、裁判所の内部で長く勤務して、中枢の考え方や実務を知っている人間でないと難しいと思います。そのような考察を行うべきだと考えたのです。
●社会システムは変えられる
--本書で、一般の読者に広く伝えたいことはなんですか?
瀬木 今の世の中は、裁判所を含む社会のシステムを「どうしようもない、動かせないもの」と捉え、それを受け入れるか、無視するかの選択しかないと考えている人が多いように思います。
しかし、司法を含めて、社会のシステムは「変えられる」ものです。「変えられない」という意識は、社会のあり方にも原因がありますが、国民全体に「世の中をどうしていきたいか」という問題意識が薄いこともまた一つの原因です。一人でも多くの人が、そういう意識を見直して、社会のシステムを変えてほしい。そのための民主主義国家なのです。
社会のシステムに不満があるのに、それを受け入れてしまうというスタンスは非常に危険です。そうならないように積極的に調べ、自ら情報にアクセスして、どこにどのような問題があるのかを考えるようにしてほしい。そのために、私は自らの知る司法についての情報を、責任を持って公開したいと思います。
司法の問題も、関心を持って取り組まなければ、明日は我が身に降りかかってくる可能性があるという事実を知ってほしいのです。現状では、警察や検察に目を付けられたら、刑事裁判で冤罪を免れるのは至難の業となっています。つまり、誰でもいつ冤罪被害を受けるかわかりません。民事裁判でも、原告・被告どちらの立場であったとしても、裁判官によっては事件の中身をろくに見もせず、無理やり、恫喝的にでも和解を強要してくるでしょう。
家庭裁判所や簡易裁判所まで含めれば、多くの人が一生に一回くらいは裁判に巻き込まれます。その時に、問題意識を持って情報を積極的に得て、構造的に問題を捉えているかどうかで、結果が大きく違ってきます。
--法曹界を取材していると、最近の民事裁判では若い裁判官を中心に、強要的に和解を迫る裁判官が増えていると聞きました。また、ろくに審議もせずに一方の主張書面をコピー&ペーストして判決文を書いているという声も多く聞かれるようになってきました。そのため、裁判官がコピーしたくなるような主張書面を書いたほうが有利になると、弁護士は書面作成技術を競争するようになってきているという話もあります。現状は、本書の内容よりも、さらに悪化しているのではないでしょうか?
瀬木 そうかもしれません。また、そうなる理由もあります。今の裁判所のシステムは、戦前の法務省支配の時代から引き継いでいるピラミッド型の独裁国家のような組織なので、腐敗しやすいシステムなのです。近年その腐敗が特に進んでしまったのは、裁判官の平均的な質が下がっていることが大きな要因だと思います。裁判官を採用しようにも、そもそも優秀な人材がそれほどいません。そのため、教養もなく、人間性も育っていない人間が裁判をやっています。
昔は、優秀な人材を採用でき、かつ職人的な師弟関係のような教育システムが機能していたから成り立っていたのだと思います。しかし今は、そのようなシステムが崩壊してしまっていますから、和解の強要や丸写し判決が広まっても不思議ありません。
●裁判に巻き込まれた時の対応
--一般の人が裁判に巻き込まれた時に、このような司法に対してできることはありますか?
瀬木 まず、司法の現状を知るという意味で、基礎知識を持つことが大切だと思います。普段から、司法も含めた社会問題について関心を持ち、大手のメディアが政治家や官庁、裁判所の発表を垂れ流しているだけの情報を鵜呑みにするのではなく、自ら情報を集めるようにする。そうして、正当で的確な言論をできるようにするための基礎知識を得ることが大切です。
裁判所は公的機関ですから、世論からの正当な批判には非常に弱い組織です。だからこそ裁判に巻き込まれても、例えば弁護士などアドバイザー的な人間がいて、裁判の傍聴などに仲間の協力を求めたりしながら、正当な論評や批判もできれば、その事件について裁判所の扱いは変わってくるはずですし、審理結果にも影響があるかもしれません。
現状は、そのような批判が上がることがほとんどないため、ひどい内容の裁判をしている裁判官が栄転したり、逆に、非常に良い内容の裁判をしている裁判官が左遷されたりする横暴がまかり通っています。ここに大きな問題があるのです。あまりにもおかしいものについては、弁護士会なども声を上げるべきでしょう。
その上で社会的な問題意識が広まって、仕組みそのものを変えることができれば、本格的に良くなっていくと思います。
本書でも書きましたが、例えば裁判員制度などでも、裁判員となった人に守秘義務として懲役刑まで規定するのをやめて、特定の意見を述べた人の氏名や個人のプライバシーなどの個人情報のみを秘密として、そのほかの情報は自由に公開してもよいとするだけでも、裁判所はずっと開かれた組織になるはずです。そのように仕組みや法律そのものを変える取り組みを行っていくことが大切ではないでしょうか。
日本の司法の問題の根源の一つは、国民が司法は国民のためになる仕事をしてくれると思っているところにあると考えています。しかし現実は、そのような性善説的な発想とはまったく異なるのです。だからこそ、この問題を多くの人が考えることが必要です。
今や、少数派の良識ある裁判官も、弁護士や大学教員に転職したがっている人が増えていると聞きます。この社会問題は喫緊の課題ではないかと、現状を危惧しています。
--私たち世間一般の人々も、いつ何時、自分の身に降りかかってくる司法の問題として関心を持たなければならないと感じました。今回はありがとうございました。
参照:Business Journal
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