2013年9月9日月曜日

国際問題化するブラック企業~今後日本で解消どころか、ますます広がると“確信”する理由

 ブラック企業が問題になっている。経済の潮流から考えると、今後ブラック企業はなくなっていくのだろうか? それともさらに増えていくのだろうか?

 その疑問に答えてくれそうなドキュメンタリー番組がNHK-BS1で放送された。『低価格時代の深層』(原題は『The Age of Cheap』<2012年放送>)というフランス制作のドキュメンタリー番組だ。

 EU諸国では市場統合後、激安な商品やサービスが提供されることになる一方で、提供する側の企業で働く従業員の待遇は、限界まで劣悪になってきているという。そのヨーロッパの巨大企業のブラックぶりを見ていると、日本で問題になっているブラック企業など、まだまだの存在に見えてくる。

 ヨーロッパでおきた変化を経営学的観点から眺めてみると、EU統合後のブラック企業の増加は必然である。言い換えれば、このまま自然な市場原理に任せてしまうと、日本の労働環境はヨーロッパ化していくかもしれない。実際、その可能性は高い。

 そのような観点から、番組で紹介された欧州企業のブラックぶりを具体的に紹介することで、日本の職場の未来がどうなるのか考える材料を提供したい。このまま進むと、おそらく日本の職場は全体的に今以上にブラックになると私は思う。なぜ日本も今後そうなっていくのかについては、この記事の最後でコメントさせていただくことにする。

 番組の冒頭で撮影スタッフは、フランスの大手自動車会社から発売された5000ユーロのセダンに乗ってヨーロッパ全土の取材の旅に出発する。5000ユーロというと現在の為替レートで65万円だが、昨年までの超円高時代のレートでは50万円を切る値段だ。大手自動車会社からなぜこんなに安い乗用車が発売されるのかという理由は、番組最後のパートで明らかになる。

 最初に番組クルーが向かうのはアイルランド。ここにはヨーロッパ最大のLCC(格安航空会社)がある。旅行者からはその格安な料金に対して絶大な支持を得ているが、番組に登場する元CA(キャビンアテンダント)や元パイロットの証言は衝撃的だ。

 元CAの証言によれば、彼女たちの最初の一年間は毎月30ユーロが制服代として給料から差し引かれる。

 業務当日の早朝5時35分、フライトの45分前には空港に集まり、乗務前の打ち合わせをし、そして機内設備を点検する。その後、大急ぎで乗客を搭乗させる。搭乗に25分以上かかるとエアラインに追加コストがかかるので、追い立てるように乗客を機内に案内する。

 驚くべき点は、ここまではCAに賃金が支払われないということだ。フライト時間が1時間20分なら、支払われる賃金はそれだけ。搭乗前の一番忙しい45分にも、着陸後乗客を降ろす25分にも賃金は支払われないというのだ。

 ちなみに時給は16ユーロ20セント(2100円)、生活費が不足する分は歩合給の機内販売で賄うことになるが、その歩合も2.5%とわずかな金額で、機内販売の売上が収入のプラスになるというよりも、販売ノルマが精神的にきつくなる側面のほうが強かったそうだ。

 失業手当も退職金もない。番組に搭乗した元CAの女性は2年3カ月で辞めたというが、それは平均的な在職期間だという。

 元パイロットの証言では、この航空会社では毎年、労働条件が悪いほうへと変更されていったそうだ。そのたびに新しい規則が増え、働くことがつらくなっていったという。この航空会社のパイロットの多くは、派遣会社経由で働いている。経営者によれば、社員の一定量を派遣社員にすることで、労働組合をつくらせない効果があるというのだ。

 アイルランドの法律では、社員にすると給与の10.75%を社会保障費として納付しなければならない。この水準はEUの他の加盟国に比較してかなり低いほうだが、派遣社員の場合はこのコストすら回避することができる。

 どちらの側面にしても、経営者がコストを抑えリスクを下げるために、派遣パイロットを増加させるインセンティブが働いているのである。

●ハードディスカウントストアの裏側

 次に取材クルーは、ドイツで発展して最近ではフランス各地に増えてきたハードディスカウントストアに向かう。コンビニをかなり大きくしたような小売り業態で、地場の小売店と比べて圧倒的に価格が安いことで多くの消費者から支持されている。フランスでは08年に法改正されて以来、このようなハードディスカウントストアが増加している。番組にはそのチェーンの元店長と元地域マネジャー(スーパーバイザー)が出演して証言している。

 元店長の証言では、この会社のマネジメント業務のキーワードは人件費と労務管理で、それをいかに低く抑えるかが管理職としての課題だったという。

 従業員は2人体制が基本で、店内の清掃業務からレジ打ち、配送トラックへの対応から駐車場管理まで、彼らに担わせている業務は多岐にわたる。店長の仕事にはそれに加えて経理やスタッフの勤務時間の管理、セキュリティの業務が加わる。現場には、とにかくこなさなければならない仕事が数多く存在していたという。

 その店長たちを管理する地域マネジャーが、そのコストを下げる方法について証言してくれた。この会社の生産性を上げるための考え方は、従業員に、「ここにいるのは頭を使うためではなく職務を遂行するためだ」ということを徹底させることだった。いかに従業員が考える時間を減らし、実行に専念するかがポイントで、それを目的にすべての業務がマニュアル化されていたという。

 店長が守るべき規則は53あって、すべてマニュアル化されているという。日本では当たり前の荷物検査や抜き打ち検査も、フランスでは従業員にプレッシャーを与えるための手段だと認識されていたという。

 店長の管理業務のマニュアルには、「分不相応に贅沢をしている従業員はいませんか?」「頻繁にトイレに行く従業員はいませんか?」といったチェック項目が並ぶ。聞いただけで嫌になる気分がする項目なのだが、実はこのようなマニュアルを店長に渡す別の意味があるというから面白い、いや恐ろしい。

●経営戦略としてのブラック企業

 番組に登場する弁護士の証言では、このようなブラック企業の問題は、権限の乱用にあるという。すべての階層に脅しやいじめが存在する。会社の中は恐怖が蔓延している。従業員は何をしていても「解雇されるのではないか」と、いつも怯えている。

 これらの点は、番組に登場するさまざまなブラック企業に驚くほど共通する点だ。つまり問題は、それが偶然ある会社に起きていることではなく、じっくり練り上げられた経営戦略であるという点なのだと、この弁護士は強調している。

 そのような恐怖政治を敷き、組織のあらゆる階層に支配者がいて、お互いの信頼がないほうがマネジメントしやすい。彼らの目的は仕事上の人間関係をできるだけ分断することで、集団としての結びつきが生まれるのを避けることだという。ひとりひとりを孤立させることを目的に、仕組みがつくられている。そのほうが労働争議が起きるために必要な一定規模の集団が生まれない。そのためにブラック企業というマネジメントスタイルを選択するのが、その企業にとっての経営戦略だというのだ。

 実際これらの企業の仕組みを作った元幹部の証言では、従業員に求める人物像として、質素な生活をしていることや、称賛を求めないこと、安定した家庭がある一方であまり社交的ではないという点まで、決められていたという。つまり徒党を組んで反旗を翻す可能性が少ない性格で、反旗を翻すと生活に支障を来す人材を選んで採用しているのである。

 番組最後に撮影クルーは、ルーマニアの自動車工場で働く労働者のもとを訪れる。ルーマニアはEUに加盟しながらユーロには参加しないという、独特で有利なポジションにいることで、EU内の低価格労働需要を支えることに成功している。この工場ではフランスの自動車ラインをそのまま移転してきて、そこでルーマニアの賃金水準で働く従業員を活用している。ルーマニアでは熟練工の月給がユーロ換算で400ユーロ程度(約5万円)と、同じEU圏の中でも労働コストが非常に安い。地続きのヨーロッパにこのような低コストの労働力が出現したからこそ、冒頭でお伝えした5000ユーロのセダンがフランス国内で市販されるようになるのである。

●TPPがブラック企業問題を深刻化?

 さて、なぜヨーロッパの企業がここまでブラック企業になっていったのか、私なりに総括してみよう。

 キーワードはEU統合にある。同じ経済域内にヨーロッパ各国が統合された結果、法律や労働ルールについて、企業側にとっての“いいとこどり”が進んでしまっている。パイロットやCAはアイルランドの労働法規にのっとって会社と不利な契約を行い、ドイツで開発された軍隊的な労務マネジメントの仕組みがフランスに輸入される。フランスの工場労働者は、ルーマニアの工場労働者が作る商品と競争を余儀なくされている。

 これは日本にとって対岸の火事なのであろうか?

 私はそうは思わない。先日も、TPPに中国が加盟するというニュースが流れたばかりだ。基本的に関税だけでなく非関税障壁までなくす巨大な経済圏が、アメリカ、オーストラリア、中国と日本の間で結ばれれば、アメリカや中国の労務ルールを採用している会社が日本企業のダイレクトな競争相手になる。ないしは日本の労働者が日本国内で働いているにもかかわらず、アメリカや中国の労働契約に実質的に基づいて雇用されることが合法と見なされる可能性もある。

 実際、日本にあるアメリカの大手ネット通販企業の物流施設における労働環境が劣悪だという報道がなされているが、同社日本法人は日本国内で事業を行っておらず、法人税も払わなくていいことになっている。日本の労働法規に日本の労働者が守られている現在ですら、このように外資企業は、ある種のアンタッチャブルな特権を振りかざしている。

 その状況を前提にして、日本が今後、大きな経済圏の中に呑みこまれていく未来を考えれば、ブラック企業問題は大きくなることはあれ、解決する方向にはない。「なぜならブラック企業の問題は国際問題なのだから」と私は考えているが、みなさんの考えはどうだろうか?
 
参照:Business Journal

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