2014年4月4日金曜日

セクハラか否か…裁判官を悩ませた、女子学生8000通のメールの中身

 「望まない性的関係」を訴えるはずの大量のメールは、逆に親密ぶりを裏付ける根拠となった。京都にある大学で元特任教授だった男性(70)が、別の大学院に通う当時20代の女子学生へのセクハラを理由に懲戒解雇したのは違法として、大学側に損害賠償などを求めた訴訟。1、2審判決とも「女性側が性的関係を望んでいなかったとは言えない」として解雇処分を無効とする一方、賠償請求は退けた。裁判所がセクハラの有無を判断する材料にしたのが、女性が男性に送った約8千通の膨大なメール。愛憎入り交じるメッセージだったようで、判決も「男性に親密だったり批判的だったりして、真意がどこにあるのか理解しがたい」とこぼすほどだった。一体、裁判所を悩ませるメールとは、どのような内容だったのか。

■手首にあった切り傷

 1審、2審の判決から2人の関係やメールなどのやり取りを振り返る。

 2人の出会いは平成19年4月。男性は大学の特任教授に就任し、女性は別の大学院の博士課程に入学した。女性の指導教官が男性の教え子だったのが縁で、指導教官を交えた会食の席で知り合った。

 男性は哲学や美学の分野では国内有数の研究者で、会食した際に「女性が自分に関心を持っている」と感じたという。その後の展開は早かった。3カ月後の7月に美学の研究会で2人は再会すると、宴会の後、男性は女性を自宅に送り届けるまで話し込み、異性として意識するようになった。

 別れた直後に雨が降り出し、駅のベンチに座っていると、女性はわざわざ男性を追って来て傘を差し出した。心を打たれた男性は再び女性を自宅まで送った。自宅前で女性の様子から「待っている」と直感した男性はキスをした。

 男性が帰宅後、女性に傘のお礼のメールを送ると、女性はこう返信した。

 《無事にご帰宅されましたでしょうか。人の心、というよりも私の心は闇ですね》

 男性が女性の「心の闇」を感じたのは8月。2人は食事を楽しんだ後、女性宅へ向かい、肉体関係を結んだ。このとき、男性は女性の手首に切り傷があることに気づいた。

■わたりまる&タマユーラ

 9月ごろにはメールでの男性の呼び名が「わたりまる」に、女性は「タマユーラ」になった。女性が体調を崩して学会を欠席したときに交わしたメールの内容から、親密度がさらに深くなった様子がうかがえる。

 男性《わたりまるは、63歳という人生段階でタマユーラに出会ったことを、不思議な天の贈り物だと思っている。もちろん舵(かじ)取りをまちがえたら、わたり丸船が沈むことも知っている》

 女性《わたりまるさんの言葉がぐんぐん染み込んできて仕方ないです。待ってた言葉が溢(あふ)れてる》

 だが、順調に進んできたかに見えた2人の関係はすぐに亀裂が入った。19年10月末、男性がメールで「残念」と書いたことに対し、女性が《たまゆらは「残念」っていう言葉が嫌い》と反発。そのまま女性の機嫌は直らず、大学に「セクハラを受けている」と相談するに至った。

 ところが、男性がメールで《たまゆらんは、「傘」以来、精一杯優しく迎えてくれていた》などと感謝の気持ちを伝えると、女性も《わたりまるーって叫んで抱きつきたいくらい大好き》と応じ、11月ごろにはセクハラ相談を取り下げた。

■妊娠聞き「罰当たった」

 このいさかい以降、女性のこれまでと違った面が徐々にあらわれてくる。20年1月には指導教官に退学したいと申し出た。男性から「キスされた」ことが理由だった。

 さらに、女性の怒りが爆発した。男性に《妊娠した》と告げたときだ。男性の返信は祝福ムードとはかけ離れていた。

 《恐ろしい罰が当たったのだろうか。罰の重さが自分にではなく、新しい命の上にのしかかると思うと、恐ろしい。家庭的にも金銭的にも、年齢的にも、ほとんど何もしてやれない》

 これに対し、女性は《罰なの? 好きな人の子供をほしいって望んだ私の気持ちはどうなるの?》と男性を非難。だが3月には妊娠していなかったことが分かり、《まるりんに会いたい》と送った。

 女性は20年5月ごろ、男性が海外出張中にほかの男性と肉体関係を持ったといい、それをメールで打ち明けると、男性は《如意棒を封印する》と、女性とはセックスしないと宣言。だが女性は《ほかの男と寝た性器を不潔に感じるなら処女を手込めにかければいい》と過激な反論をぶつけた。

 ところが、2人は翌6月に直接会い、メールも日常的な内容に戻った。

■大量睡眠薬…破滅へ

 男性は女性の“波”に翻弄されながら関係を続けた。だが女性の論文執筆に際して助言を申し出ても、女性は《アドバイスなんていらない》《あなたの存在自体が邪魔で書けない時間を費やした私に何の提案になる?》とにべもない返事を寄越し、関係は次第にこじれていった。

 女性は20年11月ごろ、男性に《睡眠薬大量にのみました。嘔吐(おうと)の繰り返しだけで死ねませんでした》《残りの睡眠薬全部のみます。さようなら》と破滅的なメールを送った。カウンセラーに男性との関係も相談した。

 一方、男性は多忙のため女性との予定をキャンセルしたり、女性からのメールの受信を拒否したりした。

 同年12月には、女性は男性を“訴える”ために準備した文章をメールで男性に送信。男性からこれまでの経緯をつづった手紙を受け取っても「恥さらしとはかかわりたくありません」と書き込んで送り返した。

 さらに、男性が弁護士に女性の性体験を伝えると、女性は憤り、数日間で数千通の非難のメールを男性に送った。

 2人の関係は修復しないまま21年6月、女性が男性からセクハラ被害を受けたとして、大学に対応を求める申し立てをした。

■得たのは退職金54万円

 大学側は男性と女性から2回ずつ事情を聴き、女性のメールの内容や被害申告の書面、男性の弁明書などを検討。その結果、「男性が長期間にわたり女性に対して及んだ行為は女性が望まない性的言動で、研究環境を著しく害した」としてハラスメント行為と判断。22年1月に懲戒解雇としたため、男性は、大学側に1100万円の損害賠償などを求める訴訟を京都地裁に起こした。

 昨年1月の1審判決は、女性が男性へのメールで、セックスの後に感想を述べることもあり、「性交を強要された者の行動として不自然」と指摘。「女性が男性との性的関係に同意していなかったと認めるだけの証拠はない」とした。

 その上で「男性の行為は大学教員としての品位を損なう不適切な行為だが、相手の望まない性的言動とはいえない」として、懲戒解雇を違法と認めた。

 今年3月の2審・大阪高裁判決も1審の判断をほぼ踏襲。「8千通のメールのうち、男性との性的関係を否定的に表現するもののほとんどは、破綻が決定的になってからといえる」と指摘し、「男性との関係を女性が望んでいなかったとはいえない」と判断した。

 大学側は訴訟で、最初のキスが女性の意に反し、女性に解離した人格が現われたことで、男性との関係に合意しているようなメールを送ったとも主張したが、判決は「親密なメールも女性の内心と無関係に書かれたとは考えにくい」と退けた。

 一方、膨大なメールの中には女性が男性との性的関係を望んでいないことを裏付ける内容もあれば、反対の評価となるものもあった。判決は「大学側がメールの内容から、女性の被害申告を信用したとしてもやむを得ない」として、男性への損害賠償は認められないと結論づけた。

 結局、男性が訴訟で認められたのは退職金約54万円だけだった。

参照:産経新聞

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