2014年11月18日火曜日

アナウンサー内定取り消しで日テレを提訴 「内定」の法的な性格とは?

 来年4月に入社予定のアナウンサー内定を取り消されたとして、東洋英和女学院の大学生が日本テレビを相手に訴訟を提起したことが話題となっている。そもそも、「内定」とは、どのような法的性格を持つのか。企業法務や労働問題に詳しい弁護士の蒲俊郎氏に聞いた。


 企業は全ての採用選考プロセスを通過した段階で、「合格」つまり正社員として迎え入れたいと決めた応募者に対し、内定通知書を交付して採用の意思表示を行います。この行為を一般に「内定」と呼んでいます。

 では、この内定を受けた社員は、法的にはどのような立場にあるのでしょうか。まだ正式の雇用契約が成立したわけではなく、いわゆる「正社員」になった訳ではありません。この点、最高裁判所は、「始期付解約権留保付労働契約」が成立したとしています。「始期付」とは、新卒者の場合、通常、大学卒業後の4月1日が就労開始日になるということです。「解約権留保付」とは、会社が、就労開始までの間、採用内定通知書や誓約書に記載されている採用内定取消事由(たとえば、提出書類の虚偽記載、卒業不可、健康状態の悪化、その他入社後の勤務に不適当と認められる事由の発生など)が生じた場合、労働契約を解約できることを意味します。つまり、理屈上は、正社員を解雇する場合に必要とされるほどの厳しい要件がなくても、会社は、一定の合理的理由があれば内定取消も可能ということになるわけです。

 ただ、就職は人生の一大事であり、内定を受けたことにより他社への就職活動の機会を奪われることも想定され、内定取消が安易に認められて良いはずもありません。この点、最高裁判所は、「採用内定の取消事由は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られる」としています(昭和54年7月20日判決)。つまり、雇用契約の締結に際して、企業が個々の労働者に対して優越した地位にあることを踏まえて、内定取消事由に一定の制約を認めているわけです。今回の日テレによる内定取消も、この基準を満たすか否かが争われることになるわけです。

 報道によれば、話題の裁判は、内定取消を受けた女性(元ミス東洋英和)が、日テレに対し、内定取消は無効であり、同社に入社する権利があることの確認を求めたものです。現時点では、日テレ側の正式な主張は不明ですが、従前のやり取りでは、「アナウンサーには高度の清廉性が求められる」、「セミナーで提出した自己紹介シートにクラブでのバイト歴を記載しておらず虚偽の申告だ」との主張が為されていたようですから、基本的にはそれらが内定取消事由として裁判でも主張されると思われます。つまり、女性が銀座のクラブでホステスのアルバイトをしていた事実及び自己紹介シートにそのバイト歴を記載しなかった事実を理由とする内定取消が、アナウンサーという職業に照らし、「客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができる」かが争われるわけです。

 この点、学歴などの重要な経歴ではなく、単なるバイト歴を自己紹介シートに記載しなかったことを理由とするのは、職歴欄に全てのバイトを詳細に記載するように明記されているような例外的場合でない限り難しいと思われます。従って、裁判では、アナウンサーに「高度の清廉性」が求められるという「アナウンサーという職業の特殊性」が争点になりそうです。これは、アナウンサーという職業をどのように捉えるかという問題であり、人によって意見も異なるでしょうし、法解釈の問題ではありませんからコメントを差し控えますが、判例のこれまでの傾向からすると、日テレの主張が認められる可能性は低いと言わざるを得ません。

 従来、裁判において、内定取消が認められるような事実は限定されており、対象学生が現行犯として逮捕され起訴猶予処分を受ける程度の違法行為をしていた事実が内定後に判明した場合(電電公社採用内定取消事件、最高裁判所・昭和55年5月30日判決)や、業績悪化により正社員ですら雇用調整の対象となるほどの状況に陥った場合のように、相当の理由がないと、裁判所の指摘する要件を満たすのは難しいと一般に考えられているからです。

 ちなみに、仮にこの女性が裁判で勝った場合には、来年4月以降の社員としての地位が確認され、他の新入社員と同様に、日テレで勤務することになります。裁判で闘った相手の支配下に置かれるわけで、社内の人事配置などの権限は会社が有していることから、この女性が希望する処遇を受けられるかは疑問です。そういった現実から、内定取消の事案では、裁判でも、入社そのものより慰謝料等の損害賠償を求めるのが一般的かと思われます。入社にこだわる、本件のような訴訟は珍しいのであり、今後の推移が注目されます。

 なお報道によると、日テレが内定を出したのは昨年9月で、その後この女性は就職活動の機会を事実上奪われたにもかかわらず、今年5月末の突然の内定取消で、女子アナになる夢を絶たれた訳です。3月には、日テレも、女性からの自主申告で、クラブでのバイト歴を知ったとのことであり、このような双方が傷つく形ではない、別の形の解決を図ることができたのではないかと思うと残念な気がします。
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蒲俊郎(かば・としろう) 弁護士、桐蔭法科大学院・大学院長。多数の企業の顧問として日々活動するほか、上場企業3社の社外監査役なども務める。他方、多忙な弁護士業務の傍ら、法科大学院のトップとして、次の時代を担う法曹の育成にも注力している。著書に『おとなのIT法律事件簿』『新・第三世代ネットビジネス~新たな潮流に対応できる法務・マーケティング』など。

参照:THE PAGE

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