2014年2月6日木曜日

ここがヘンだよフジ『リーガルハイ』~古美門暴走の法廷シーン、裁判官の年齢に執務室

 2013年10~12月期の連続テレビドラマ『リーガルハイ』(フジテレビ系)は、平均視聴率18.4%(関東地区・ビデオリサーチ調べ、以下同)を記録し、大ヒットとなった。同ドラマは、依頼人に法外な弁護費用をふっかけ、平気で犯罪まがいの手法を取り、引き受けた弁護は一度も裁判で負けたことがない敏腕弁護士・古美門研介(こみかどけんすけ)と、真面目で正義感の強い新米弁護士・黛真知子(まゆずみまちこ)がタッグを組み、法廷闘争を中心にストーリーが展開されるコメディタッチのドラマだ。12年4~6月期に放送された第1期の『リーガル・ハイ』(平均視聴率12.5%)、13年4月13日放送のスペシャル版がヒットし、第2期の放送となったものだ。

  ドラマなので、当然現実との乖離はある。ドラマの最後に六法全書のイラストカットが出るが、そこに小さな文字で「実際の法律実務とは異なります」という但し書きがなされている。ドラマのテロップには、法律監修者として2人の本物の弁護士の名前も登場する。ただ、あまり堅いことを言っているとドラマとして成立しないので、必要に応じて現実との違いに目をつぶって演出している部分も少なくないだろう。

 しかし、素人の視聴者にしてみれば、どこまでが現実的でどのあたりが非現実的なのかわかりにくい。そこで、第1期全11話、スペシャル版、そして第2期全10話の合計22話を基に、3回にわたってドラマと現実の法廷の違いを取り上げ、あまり知られていない法曹界の姿を浮き彫りにしてみたいと思う。

●かつては乱発されていた「監置」

 22話中、最も話題になった法律用語は恐らく「監置」だろう。スペシャル版で別府敏子裁判官(広末涼子)を、閉廷後に古美門が罵倒したため、「監置」処分を受ける場面がある。即座に法廷に入ってきた警備員に古美門は連行され、そのまま監置場に入れられる。

 その場に居合わせたベテラン弁護士・三木長一郎(生瀬勝久)でさえ、「オレも初めて見る」と言っているが、現代では監置処分が下されるケースはほとんどなくなっている。

「監置」とは、『法廷等の秩序維持に関する法律』に規定があり、裁判官が行使できる行政処分の一つ。令状なしで最大20日間留置できる。裁判所及び裁判官が秩序を維持するために命じた事項を行わなかったり、秩序を維持するために執った措置に従わなかったり、あるいは暴言、暴行、喧騒その他不当な言動で裁判所や裁判官の職務を妨害したり、裁判の威信を著しく害した場合に適用される。行政処分なので前科にはならず、弁護士資格の剥奪にはつながらない。

 一体どの程度の頻度で発動されているのかなど具体的なことが知りたくて、親しくしている弁護士何人かに当たってみたが、誰に聞いてもわからず難儀をしていたところ、60代半ばのベテラン弁護士が「今ではまず聞かなくなったが、新左翼の活動家がしょっちゅう警察と小競り合いを繰り返していた1970年代には、かなり乱発されていた」と教えてくれた。当時の刑事法廷はかなり荒れていて、活動家の被告が騒いだり裁判官や検事を罵倒するのは日常茶飯事で、さらには弁護士も一緒になって裁判官に罵詈雑言を浴びせていたらしい。活動家の弁護の際には、監置されてもいいように新しい下着を着けていくのが弁護士のたしなみだったともいわれているくらいだ。

 今では法廷では裁判官は神様同然だ。民事事件でも刑事事件でも、裁判官の心証一つで判決が変わり得るため、よほど変わった弁護士でなければ、裁判官を罵倒するような展開にはなりようがない。依頼人の側にしてみれば、裁判官を罵倒するような弁護士には弁護を頼みたくない。最初から負けが決まっているようなものだからだ。

 法律の条文を読むと、暴言でも暴行でも適用されることになるが、「感覚的には暴言を吐くと退廷処分、不規則行動を取ると監置」だったという。不規則行動とは、裁判官や検事に向かってカメラを向けたりする行動だ。スペシャル版では、古美門は暴言を吐く前に、裁判官に対して皮肉を込めて拍手をしている。

●裁判長を務める別府裁判官はアラフォー女子?

 裁判長は基本的に判事が務める。判事補から判事への昇格は原則任官から11年目。裁判官は1人で事件を担当することもあれば、裁判長と2人の陪席裁判官の合計3人で担当する合議という場合もある。陪席裁判官は、法廷で裁判長の両隣に座る。裁判長の右手(傍聴席から見ると裁判長の左手)に座るのが右陪席といい、裁判官になって(任官)から5年以上10年未満の判事補が務める。これに対し、裁判長の左手(傍聴席から見ると裁判長の右手)に座るのが左陪席といい、任官から5年以内の若手の判事補が務める。

 スペシャル版のいじめ裁判は合議体が担当。裁判長は別府裁判官だった。右陪席、左陪席の年齢バランスはとりあえず取れている印象だったが、別府裁判官は何歳なのかと疑問が湧き、フジテレビの番組サイトをチェックしてはみたものの、年齢は書いていない。大学在学中に司法試験に合格し、卒業後すぐに司法修習を受け、裁判官になったとしても任官時は25歳。11年目ということであれば36歳。別府裁判官がアラフォー女子という設定ならば、とりあえず年齢面でのつじつまは合うが、東京の法廷しか傍聴したことがない筆者は、あんなに若い裁判長を実際の法廷で見かけたことはない。地方の法廷なら、若い裁判長を見かけることもあるのかもしれない。

 ちなみに、第2期の第1話冒頭、ぶりっこアイドル・南風るんるん(小島藤子)の裁判では、右陪席が中年男性だった。裁判官は司法試験合格者の中でもスーパーエリートがなるものなので、年齢がいってから司法試験に合格した人が裁判官になるということは考えにくい。30歳前後の役者を使うべきだった。

●裁判官の執務室は相部屋

 ドラマでは古美門の弟子であるパートナー弁護士・黛が、なんとか古美門の監置処分を解除してもらおうと、別府裁判官の執務室に頼みに行くシーンがあった。執務室はかなり広い個室で、家具や調度品も豪華だ。部屋のつくりはアメリカの人気コメディドラマ『アリー my Love』(FOX/1997-2002年、日本では98年からNHK総合にて放送)に登場した女性裁判官ジェニファー・コーン(通称:ウィッパー/ダイアン・キャノン)の執務室とよく似ている。ウィッパーは主人公の弁護士、アリー・マクビールの勤務先であるケイジ&フィッシュ事務所のパートナー弁護士、リチャード・フィッシュの恋人という設定で、リチャードが実に気軽にウィッパーの執務室に出入りするシーンが出てくる。

 現実の日本の裁判官の執務室は、他の裁判官と相部屋だ。一般の会社の席を思い浮かべ、裁判長が部長席に座り、陪席裁判官が平社員とイメージすると近いだろう。法廷の位置と同様に、裁判官の右手に右陪席、左手に左陪席の裁判官の席が並ぶ。右陪席と左陪席の席は向かい合うように並べられている。

 弁護士が裁判官に会うときは、大部屋の隅にある応接セットか、執務室の隣にある小部屋になるという。この小部屋は、一般的な会議用の長テーブルに、事務用椅子もしくは折りたたみ式のパイプ椅子が配置されている程度の質素なものだ。

 法廷の椅子は現実とドラマに大差ない印象だが、別府裁判官に古美門が監置処分を食らった際の法廷は、裁判官席の位置がかなり低い。閉廷後、裁判官は裁判官席うしろの専用通路からさっさと退廷するのが一般的で、弁護士が声をかけに行けるほどのんびりはしていない。

 ちなみに、検事は基本的に個室だ。公判部では大部屋にする試みも一部の地検で行われているが、取り調べをする刑事部の検事は100%個室で、立会事務官とペアで一部屋となる。醍醐実検事(松平健)の部屋の構造は暗くてよくわからないが、01年1~3月期に放送されたテレビドラマ『HERO』(フジテレビ系)の主人公である検事、久利生公平の執務室よりは、土曜ワイド劇場の人気シリーズ『検事・朝日奈耀子』(テレビ朝日系)の主人公・朝日奈耀子(眞野あずさ)や、金曜プレステージの人気シリーズ『検事・霞夕子』の主人公、霞夕子(沢口靖子ほか)の執務室のほうが現実に近いといえる。

●「差し支え」に「しかるべく」~法廷でのお作法あれこれ

 古美門は法廷内でさまざまなパフォーマンスを展開する。第2期の第1話では、証言台の上に土足で上がってしまったが、あれをやったらまず間違いなく退廷を命じられる。古美門は法廷の椅子にふんぞり返ったり、ゆらゆら揺らしたり、ぐるぐる回ったり、裁判官の質問に座ったまま答えたりもしているが、筆者は法廷で弁護士が背もたれにべったり寄りかかって座る姿というのをほとんど見たことがない。

 裁判官と話をする際には、必ず一度立ち上がってから発言する。訴訟進行について、裁判官から「これでどうでしょうか」と提案され、それでOKという場合は、すっくと立ち上がって「しかるべく」と答える。次回の弁論や弁論準備の時間を決める際、裁判官に「何月何日の何時はいかがですか」と聞かれ、それに答えるときもいちいち立ち上がる。都合が悪い場合は「差し支えです」という用語を使う。決して「都合が悪いです」とは言わない。

 かつて商工ローンのSFCG(09年4月21日破産)が支配人制度を濫用し、手形訴訟の法廷に支配人登記をした実質平社員を大量に送り込んだことがある。SFCGは融資実行の際、私製手形に署名をさせ、1回でも支払いが滞ると、即座に私製手形を原因証書にした手形訴訟を起こしていた。

 この私製手形は「おもちゃ手形」と呼ばれていた。一般的に使われる約束手形は支払い地に記載されている銀行に持って行けば現金化できるが、SFCGの手形の支払い地の欄にはSFCG本社所在地が記載されていた。当然、銀行に持って行っても換金できない。

 民間企業が民間人に貸したお金の取り立てのために、借り手の資産に強制執行をかけるには、その金銭債権の存在を裁判所に認めてもらう手続きが必要になる。これを債務名義といい、強制執行をかける際の必須条件となっている。SFCGは債務者や保証人の資産に強制執行をかけるため、膨大な件数の手形訴訟を起こしていた。

 手形訴訟は簡単な訴訟で、手っ取り早く債務名義が取れる。いちいち弁護士に頼んでいたらコストがかかるので、実質的な平社員を大量に支配人登記して出廷させていたのである。法人が訴訟を起こす場合、弁護士を使わない場合は、原則として代表取締役が出廷しなければならないが、支配人登記をしていれば、支配人でも出廷可能とされている。商社など、支店が多くある会社のための制度といえる。その“なんちゃって支配人”たちが、法廷で黒い手帳を見ながら「差し支えです」などと専門用語を連発していたので、弁護士の間では失笑を買っていたのである。

 ちなみに、一時期は東京地裁の手形訴訟担当部署が、SFCGのために仕事をしているような状態になったほどで、当該部署の部長判事の大英断により、SFCGの手形訴訟を受け付けない方針を打ち出し話題になった。

 以上見てきたように、ドラマに出てくる法廷シーンは、現実の裁判とは大きくかけ離れている。実際の裁判を忠実に再現したドラマなど、まったく面白くないだろうが、ドラマの影響で法曹界に幻想を抱き、将来この道に進んだ後でショックを受ける若者が出てこないように祈りたい。

参照:Business Journal

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