もしもブラック企業に入社してしまったならば、すぐにでも退社すればいい……。
誰しもそう思うが、現実にはなかなかそうもいかない。生活の糧を稼ぐため、多少の待遇面の悪さやギスギスした人間関係には目をつぶり、我慢に我慢を重ねるーーこれが社会の厳しさだと自らに言い聞かせ、無理を重ねる。
そんなブラック企業にハマってしまった社員は、どうすればブラック企業での生活を乗り切れるのか? その対処法についてじっくり考えてみたい。
●「社員は駒にすぎない」(ブラック企業社長)
「うちは会社を発展させようとか、そんな大仰なことは考えていない。自分の食い扶持さえ確保できれば、それでいいから。そのお手伝いとして、従業員を雇っているだけ。大体、正社員とカッコつけたところで、会社が倒産したらアウトでしょ」
従業員数5人程度のIT企業社長・A氏(40代後半)はこう話す。この企業における雇用条件は、実質、
「退職金なし。ボーナスなし。サービス残業・休日出勤当然。有給休暇は取れない。月給15万5000円」
だ。従業員の定着率は、過去2人を除いて3年を越えたことがないという。諸々の条件面では、十分ブラック企業の要件を満たしているといえよう。
A氏自身は、ブラック経営者と呼ばれることを嫌うが、現時点での従業員への待遇から、そう呼ばれても仕方がないとも思っている。もっとも、一刻も早くこうした条件を改善し、企業としてさらなる発展を目指そうという発想は微塵もない。
「俺が仕事を取ってきて、その手伝いを社員は黙ってしてくれればいい。俺がメインであって、従業員は俺の駒にすぎない」(A氏)
だが、こうした経営者の発想をもし従業員が初めからわかっていれば、また違った対応も行えるというものだ。事実、A氏は次のように話す。
「失業保険狙いで、1年間だけ働いて退職しようというのもいる。そういう発想の人材はまさにウエルカム。うちくらいの会社の仕事なら、それで十分回せるから」
確かに世の中にはブラック企業は存在する。そして悩む人は多い。しかし、こうしたブラック企業への対処法を知っていれば、少しは気持ちも楽になるというものだ。
●謝罪や土下座を強要
では、従業員側からみたブラック企業の対処法について解説する。
長年、派遣社員として勤務していたB氏は、ある広告代理店に正社員として就職した。ようやく正社員になれた喜びもつかの間、その就職先がブラック企業とわかるのに、さほど時間はかからなかったという。
仕事は営業と事務。社員数はB氏を除いて10名、うち男性は1人。残りの女性9名は、みな社歴も浅く、入れ替わりも激しい。女性社員が営業ノルマをこなせなければ、社長はその社員の上司格である男性社員を厳しく叱責するのみならず、時には暴力も振るっていた。
もっとも、女性社員は暴力は振るわれない。だが、社員全員の中で満座で怒鳴りつけられるなどは日常茶飯事。ゆえに数多い女性同士でも打ち解けることはなく、社内は常にギスギスした雰囲気で、社員の気が休まることはない。
ーー女性社員が営業ノルマがこなせなかったとき、誰からどのように叱責されるのですか?
B氏 社長か、女性の中で最も社歴の長い2年目の社員です。
――どのように叱責されるのですか?
B氏 ノルマが達成できなかったのは努力が足りなかったからということで、社員みなの前で「私の努力が足りず、みなさんの働きのおかげでお給料をいただきます。本当に申し訳ございませんでした」と謝罪させられます。ひどい場合は、強要はされませんが、土下座しなければ、場が収まらない空気で、無言のプレッシャーがかけられます。
●動かない労基署、警察
こうした暴力的な経営者も、世の中には数多く存在する。今の時代なら、パワハラで労働基準監督署に訴え出れば何とかなるだろうと思われがちだが、実際、労基署はまず動くことはない。
ーー典型的なブラック企業ですが、労基署などに相談は?
B氏 労基署に相談すると「暴力事案は警察に行ってください」と言われました。でも警察に行っても解決しませんでした。警察では「事件にならないと動けない」と言われ、もうどうしようもありません。
●診断書や新聞社を活用
では、こうした場合、どういう対応を取ればよいのか?
まずひとつの方法として、いつ、どのようなことがあったのかをきちんと記録に残しておくこと。そして病院の精神科や心療内科で、「こうした事案によってうつ症状が出て、勤務に耐えられない」という診断書を書いてもらうことだ。
「うつ病の診断書があれば、傷害罪で刑事告訴も可能です。また、これが原因で働けなくなったならば、民事でも損害賠償請求を行うこともできます」(労働問題に詳しい弁護士)
とはいえ、日頃から記録をつけることは、結構手間のかかるものだ。なので、ボイスレコーダーを活用すればいい。このボイスレコーダーは、今では携帯電話にも機能としてついているものも多い。
満座の中で謝罪させられる時や、言葉の暴力を浴びせられそうになった時、ボイスレコーダーに記録。これを証拠に病院で診断書を取り、警察に駆け込むというわけだ。
もし警察の動きが鈍ければ、新聞社の支局に駆け込むという手もある。官の側が動かなければ、世論に問うしかあるまい。事実、ある地方紙記者は「(こうした事案について)遠慮なく、支局や社会部に連絡してほしい」と話す。
まずは証拠となる記録を携え、そして警察や新聞社に駆け込めばいい。
●ブラック企業につく社員
こうしたブラック企業で注意すべきは、必ず経営者側につく社員がいるということだ。先の例だと、上司格の男性社員や社歴の最も長い女性社員がそうだ。そうした社員は、どこの企業でも必ず生まれるものである。前出のIT企業社長・A氏に、このような状況についても話を聞いてみた。
ーーたとえ理不尽な待遇であっても、社長や経営側に味方する社員は出てくるものですか?
A氏 辞めないで長く会社に残っている従業員は、いつの間にか働く目的が「(社長である)俺に怒られないために」となってくる。俺に気に入られると、もしかしたら自分は社員として、会社に踏みとどまれるかもしれないと思うからだろう。そうなると、こっちが言わなくても、新入りの指導も厳しくやってくれるようになる。
社会心理学における「いじめの構造」に関する通説に、数少ない人員で構成されたコミュニティでは、そこに所属する人のうち、自己決定意識の乏しい者は「社会的に何が正しいか」ではなく、「このコミュニティでは何が正しいか」と考えるようになるというものがある。
つまりコミュニティに所属する者は、まずコミュニティのボスの考えていることにできるだけ沿うことで、その内部での自らの立場を確保しようとの意識が働くということだ。もちろんボスによる情報遮断もあり、広い視野で物事を判断することができなくなる場合もある。
「嫌なら辞めろということだね。こっちからお願いして入社してもらったというわけではないのだから」(A氏)
人の心理に巧みにつけこむブラック企業の経営者から身を守るためには、まず一旦その場から離れ、安全な場所に逃れるしか方法はないのかもしれない。
こうした現状に、労働基準監督行政は対処しきれていない。
参照:Business Journal
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