2013年11月25日月曜日

ここに注意、パワハラ&セクハラの「新・境界線」

 ビジネスの場で、言葉に気を配れぬ者の居場所は少ないはず。が、“うっかり”“怒りにまかせて”のリスクは誰もが抱える。大禍を招いてしまう案件と、そうでない案件。その境界線が今、どうなっているのかを知っておくのは有益だ。


■「暴力系」パワハラは減少。「精神系」が増えている

 「てめぇ、死んでしまえ」「この給料ドロボウ」「だから結婚できないんじゃない? 」――セクハラやパワハラという語が世間に定着した今、職場でうっかり、あるいは怒りにまかせて口にする言葉が抱えるリスクとは、いかほどのものだろうか。極端な話、雑談中のたった一言で法廷に立つことはありうるのだろうか。「ごく稀だが、ないことではない」というのは、弁護士の野澤隆氏だ。

 「ただ、原因がその一言のみというのはまずありえません。訴訟に至るのは、職場環境や仕事の上下関係を背景に、日頃の不満・不快、鬱屈が積もり積もった結果です」

 2012年度に都道府県の労働局雇用均等室に寄せられたセクハラの相談件数は約1万件。もっともその大半は法廷に持ち込まれるには至らず、調停で処理されているという。

 「統計上の根拠はともかく、最近は、さすがに暴行など身体的な苦痛を与える暴力系のパワハラは減少。代わって隔離、仲間外し、無視するなど精神系のパワハラが増えているようです」

 セクハラの場合も、立場を利用して性的関係を強要するような対価型は減り、職場での性的な会話などによる環境型セクハラが問題視されるケースが増加中という。

 そんなセクハラ、パワハラで訴訟に発展するケースはというと、それは主に神経症やうつ症など、心身に障害が表れた場合だ。
 
 「雑談レベルで障害に? 」と思われるかもしれない。しかし、たとえば容姿や恋愛に関する噂話、性的な冗談、酒席での性器の呼称の連発も環境型セクハラに当たる。

 「男性器、女性器を直接指し示す言葉は、たとえ酒席でもNG。逃げ切ることは難しい。ただ裏を返せば、直接でなければ逃げ切れるともいえます。行為を指し示す言葉は、セックスなどの横文字なら大丈夫。結婚についてあれこれ聞くのは、私は法的な問題になるケースはそれほど多いとは思っておらず、たとえば周囲に配慮しながら『バツが付いてる』とか、比ゆ的な言葉を使えばまず問題ないでしょう」

 神経系パワハラでは、職場の人が私事に過度に立ち入ることが(うつ症の主因でなかったとしても)対象となる場合がある。つまり、雑談にも積もり積もればリスクがあるということだ。

 セクハラ・パワハラが社会的に取り上げられるのは「今日の社会情勢も関係している」と野澤氏はいう。

 「景気低迷、業績不振で、かつての高度成長期のように働けば給料が上がり、昇進するという期待感が今は薄い。そんな状況で、社員は過重な責務やノルマを課せられています。精神的に耐えられない人も出てくるでしょう」

 そうした将来の不透明感が、特にパワハラ相談の増加や訴訟の形になって表れてきているのではないかと野澤氏は見る。

 しかし、留意しなければならないことがある。「セクハラ、パワハラ訴訟は、訴える側、訴えられる側、その代理人たる弁護士も含め、そこに関わる誰にとっても益の少ない訴訟」であるという事実だ。パワハラ訴訟を例に取ろう。

 「この手の賠償請求では、交通事故と同じ方法で損害額を算定するケースが多いのです」
 
 交通事故による損害は、大きく積極的損害と消極的損害と慰謝料に分けられる。積極的損害とは、治療費や通院交通費など、いわば被害者が出費を余儀なくされた実費の損害であり、消極的損害とは、事故がなければ得られたはずの利益(休業損害、逸失利益)をいい、これに肉体的・精神的苦痛に対する被害に基づく慰謝料が加わる。

 「パワハラの場合、一般に積極的損害はそれほどの額にはなりません。額が大きいのは消極的損害のほうですが、実はそれも……」

 事故による逸失利益は、被害者の年収に、労働能力喪失率(失われた労働能力を%で示したもの)、労働能力喪失期間(働けなくなった期間)に応じた一定の係数(ライプニッツ係数)を掛けて算定される。

 後遺障害は、重い順に第1~14の等級で規定されており、各々の級数に対応する形で労働能力喪失率が定められている。たとえば、35歳で年収約600万円の人が事故による障害で、以後30年間まったく働けなくなった(第1~第3級)となれば、労働能力喪失率は100%で、逸失利益は1億円近くの額になる。

 しかし、セクハラ、パワハラで受ける精神的な障害の場合、等級は最も低い第14級(「局部に神経症状を残すもの」)が認められるだけのケースがある、労働能力喪失率は5%。前出の例なら、仮に30年以上働けなくなったとしても、認められる金額は500万円程度。うつ症の場合、労働能力喪失期間が数年間しか認められないケースも多く、数十万円を得るために多大な時間とお金を費やすことになってしまう。後遺症慰謝料も同じ14級で算定されるから、100万円取れれば御の字といったところだ。

 セクハラ・パワハラを受けたことじたいに対する慰謝料も、期待する金額に達することはまずない。
 
■録音機を忍ばせ、ノートに克明に記録するのは……

 「それでも、恨みつらみを晴らしたいという人はいますからね」

 この手の訴訟では、会社(法人)と上司個人の双方を訴えるケースが多い。すなわち、部下を持つ者は雑談1つにもリスクを抱えていることになる。

 だが、ここで気になることがある。賠償請求が割に合わないとなると、セクハラやパワハラで被害を受けた人は事実上、泣き寝入りすることになるのだろうか。また、加害者と見なされた人は、膨大な額ではないにせよ、賠償請求で事実が認定されたら、個人で賠償金を支払う羽目に陥るのか。

 「そこが問題です。今の損害額の算定法では、セクハラ、パワハラの被害者には手当ては薄い一方、管理職には部下に訴えられるリスクが常につきまといます」

 まず考えられるのは、こうした紛争の防止策。セクハラ、パワハラ防止のため社内で指針を設ける会社が増えているという。

 次に、野澤氏が提唱するのは保険の活用だ。民間の保険や特別な退職金制度を導入し、パワハラ・セクハラを受けた相手方から文句を言われたときに、そうした制度を事実上活用して事件が表面化する前にうまく解決するのだ。

 「従業員が100人いれば、セクハラ、パワハラがなくても、うつ症や神経症に陥りやすい人が数人はいます。ごく日常的な言動から訴訟に至るケースも想定しておいたほうがいいでしょう」

 デスクやスーツに録音機を忍ばせたり、克明にノートに記録しておくのも、裁判になった際に有利に働くのは間違いないだろう。が、「人格を疑われて、出世に響くかもしれません」と野澤氏。何事もバランスは大切だ。
 
参照:プレジデント

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